言葉のための道具、stone
前回はGX7 mk2を『撮る道具』の視点から、その使い心地や使い勝手についてつらつらと書いてみました。続く後編では、記事の執筆にも使用したstoneについて『書く道具』の視点から、どのようなプロダクトなのかを探ってみたいと思います。
ちなみに今回は写真少なめです。が、よりフォトは「写真と言葉のWebサイト」なので、たまにはこういう回もいいかなとか思っていたりします。
stoneについて
あらためてstone(ストーン)について軽く触れたいと思います。
stoneは日本製のシンプルなテキストエディタです。画面上に表示されるのは、打ち込んだ文字とカーソルだけ。変更できるのは、書体の種類とサイズ、行間、一行あたりの字数。そして横書きと縦書きの切り替えのみ。佇まいも機能も、つとめて簡潔です。
開発はみなさまご存知、日本でデザインと言えば、の日本デザインセンターさん。通称NDC。あれ?NDCってアプリ作る会社だったっけ?と思われる方も多いのではないでしょうか。そのあたりのいきさつはインタビューに詳しく書かれていますので、ご一読をおすすめします。
そんなstoneですが、実はまだ発売されておりません。現在は絶賛βテスト中。SNSでテスター募集の投稿を知り、申し込みをしたところ、無事当選して試用をさせて頂いております。Web上などでのレビューも大歓迎とのことなので、ありがたくここに書かせて頂いている次第です。
僕とノートと、そしてテキストエディタと
stoneのβテスターに申し込んだ理由はいくつかあります。日本デザインセンターさんが好きだから。縦書きのエディタに興味を惹かれたから。そして何より、自分自身が文章を昔から定期的に書く人間だから。こんなサイトを趣味で作っているのですから、文章というものには昔から興味を抱いていました。stoneについてお話する前に、ちょっとだけ昔話を書かせてください。
はじまりは中学生から
学校の宿題などではない、自発的な文章を書いたのは今から15年ほど前。自分の好きな某アニメ作品の某キャラのファンサイトにSSを投稿したのが始まりです。当時は家族共用のWindows PCを使っていたので、Wordで夜な夜な書いていたのを覚えています。久しぶりに読み返した8000字のテキストはお世辞にも文章として完成しているとは言えないものでしたが、どうにかして自分の世界を作ろうとしていたのだな、という痕跡が伺えるものでした(と冷静に書いていますが、実際のところはかなり恥ずかしかった)。思うに、あの頃は二次創作の「自分の知っている世界観で、自分の知らない物語を創造できる」力にショックを受けて、表現手段としてテキストを選んでいたのだと思います。
アナログとエディタ
それから数年後、大学入学をきっかけに、アナログのノートとテキストエディタと出会うことになります。大学ではデザインを専攻していたので、講義中や移動時間などに思いついたアイデアを書き留める手段が必要でした。タイミングよく文房具に興味を持ったこともあり、ノートはモレスキン、ペンはファーバーカステルの万年筆を愛用することに。単純な言葉の1つからプロダクトのアイデア、その日見た夢まで、書き残したものはさまざまでした。
また、自分用のコンピュータとしてMacを買ってもらったこともあり、テキストエディタを身近に感じられるようになりました。引き続きWordを使ったり、新しくPagesを使うようになったり。でも、今でも使い続けているのはそのどちらでもない、Cot Editorというシンプルなテキストエディタです。何がそんなに良かったのかと言うと、とにかくあの気軽さがいい。さっと書いてさっと消せる。無駄なものがないけれども、実は言語に合わせたスタイル変更にも対応してくれる多様性も好みでした。
アナログとデジタルをどう使い分けるか、は人によって変わりますが、自分の場合、アナログは「書くことそのものよりも、書くという所作・行為に重きを置き、その結果、書くことへと至る」プロセスが大切なのだと思います。反対にデジタルは「提出物としてのテキスト、あるいは破棄前提の一時的なテキスト」という前提のもとに利用することがほとんどでした。アナログがノートならデジタルは付箋、という感覚でしょうか。
Omm Writerとの出会い
そんな自分にも、1つだけ、これは、と思えるテキストエディタがありました。2011年頃に登場したOmmWriterです。OmmWriterは書く体験にフォーカスをしており、アプリを起動すると雪原を背景に静かなBGMを聴きながら軽快なタイプ音で文章が書けるという、これまでにないテキストエディタでした。
これは書くためのエディタだ、と一瞬で惚れました。背景、BGM、タイプ音、その全てが「なんか良い文章が書けそうだぞ」という気分にさせてくれる、機能ではない側面で書く気分を高めてくれる稀有なエディタでした。
ただ、結果から言うとOmmWriterを使い続けることはありませんでした。理由は「そこまで気分を高めてまで文章を書く目的も習慣もなかった」から。今でこそブログなど文章を書く機会は増えましたが、自分にとってはOmm Writerで書くのはそれこそ小説とか、詩とかなんだろうなという意識が強かったんですよね。気軽に書けないのが、逆に枷になってしまったというか。そうこうしているうちに社会人になったので、Omm Writerを使う機会はやってきませんでした。でもBGMは、サウンドトラックを購入して仕事中に聴くくらい今でも好きです。
Markdownとの出会い
社会人になってからも変わらずCot Editorは大活躍で、アイデアをノートに書き留める習慣も続けていました。それらに加えて新たに出会ったのが、Markdown記法でした。自分にとってMD記法は最初こそ慣れが必要でしたが、一度馴染んでしまえばもうMD以外使いたくないと思えるほど相性の良いシステムでした。第一に、プレーンなテキストでありながらも記法を用いることで装飾の変換ができる点。第二に、MD記法に対応していれば異なるアプリケーション間でも統一感を保てる点(細かく見ると100%正確ではないのですが)。第三に、当時書き始めたブログがMD記法に対応していた点。書きやすくて、システマチックで、使い続ける目的とも合致したという点で、エディタという枠を超えてMD記法という書き方は自分にとってとても都合がよかったです。
以降、テキストエディタはエディタそのものも含めて「Markdownに対応しているかどうか」が重要な判断基準となりました。最初は(MDではないですが)Evernoteを使い始め、その次はMacdown、そして今はBearに出会ったことで、ようやくこれで落ち着けるぞ、とホッとしているところです。
長くなってしまいましたが、以上が自分のノート・テキストエディタ遍歴になります。
stoneを使ってみて
というのを踏まえて、改めてstoneを使ってみた感想を書いてみたいと思います。まずは「お!」と興味を惹かれた点から。
思っていた以上に気分の上がる縦書き
まず言及するポイントと言えば、やはり縦書きでしょう。
前回・今回と縦書きモードでの執筆を試みましたが、慣れない環境にしてはすんなり受け入れることができました。可読性も気持ち向上したような気がしますし、テキストを打っている過程も読みやすいです。横書きに慣れていると、縦書きで書くだけでモチベーション上がります。Omm Writerのような「なんか良い文章が書けそうだぞ」という、あの感覚の再来に近いです。
プレーンテキストであること
ファイルを保存する時に初めて知ったのですが、stoneの保存形式は.txtなのですよね。これは後述の感想とは矛盾してしまいますが、プレーンテキストであることでフォーマットに縛られない書き方ができるのかなと。ここに開発チームがどれくらい思い入れを持っているか(単に開発のしやすさからなのか?何かしらの軸があってのことなのか?)によって対象ユーザーが想定できそうです。
背景色
ああ、NDCさんらしいなあ、と思えるのがstoneの背景色。真っ白じゃないんですよね。カラーピッカーで抽出したら#F9F9FAでした。うーん、この微妙な白。使っている最中に目に入る色は大半が背景色ですから、真っ白でもなくグレーでもないこの色は絶妙なんじゃないかと思います。
stoneの、ちょっと気になるところ
とは言え、stoneはまだまだ開発段階のプロダクト。気にならない点がないわけではありません。あくまでも自分の用途が判断軸となってしまいますが、使用している過程で気になった点を挙げてみます。stoneは今のかたちになるまでに100近いアイデアが出てきているとのことでしたので、もうそんなことは話し尽くしたよ、という内容ばかりかもしれませんが。
急に途切れてしまう文章
これは機能的というより見えの話なのですが、横書きでも縦書きでも、文章の端が途切れてしまうのが気になりました。個人的な思想として、文章は地続きであって欲しいという思いがあるので、可能であれば画面に見えている文章の前後にも流れがあることがわかると、書いてて、いいなあ、と思えたり。
検索ウィンドウの出現タイミング
現状、検索ウィンドウはマウスカーソルを動かすと常に出現する動作となっていますが、カーソルを動かすタイミングや目的って検索置換に限られているわけじゃないんですよね。想定する利用頻度にもよると思いますが、ショートカットキーに出番は任せてしまってもいいんじゃないかな、なんて思います。そうなると、より文章に集中できる気がします。
自動保存・同期機能
おそらく技術的なハードルはあると思うのですが、自動保存機能が付いているかどうかは、テキストエディタの信頼性を大きく左右するんじゃないかと思っています。IllustratorもPhotoshopも作業中に落ちたら悲しくなるのと同様に、テキストもそれまで書いてたものが一瞬で消えてしまうのはつらいですから。もしMac App専用であれば、iCloudが使えると嬉しいのですが……。
Markdownを使いたい
なんだかんだ最後はこれ。あくまでも自分の利用目的を考えるなら、ですが、プレーンテキストだけというのは、シンプルな一方で物足りなさも感じてしまいます。MDでなくてもいいので、h1とh2相当でテキストが区別されていると、とても嬉しいです(最初の1行はタイトルに変換される、とかとか)。
……ただ、ここまでの話は、先に書いたように自分1人の用途を比較対象として出てきたものです。どちらかと言うと、大切なのは「stoneは誰を向いて作られたプロダクトなのか?」という点でしょう。
stoneは誰のためのプロダクトなのか?
開発メンバーの対談やプロダクトのページを拝見すると、stoneは「日本語で文章を執筆することを主軸に、機能を可能な限り削ぎ落としたエディタ」であることがわかります。
ですが、その上位にあるだろう「誰のための?」が見えづらいようにも感じました。もちろん、テキストエディタという性質上、ユーザーを絞るのは難しいと思いますが、例えば、対象のユーザーが本業で小説を書く人なのか?趣味で短文を書く人なのか?ブログを書く人なのか?レポートなどを書く大学生なのか?によって求められる機能やインタラクションは変わるでしょう。自分のようにブログを書く人間であればMD記法や画像のインポートは強く望まれるでしょうし、ファイルを個別ではなくアプリ内のリストで管理したいとも思います。小説を書かれる方の場合は、目次を割り振ることで全体を俯瞰できる機能を要望として挙げるかもしれません。
他方、Wordがあれだけ多機能になったのも、全方位のユーザーに対してあらゆる機能を提供しようとした結果からでしょう。stoneはそうなってほしくありません。かと言って、単なる縦書きのできるテキストエディタで終わってほしくないとも(我儘にも)思います。うーん、難しい……。
stoneと書体
最後に1つ。stoneは游ゴシック体と游明朝体を使用していますが、ひょっとしたら「テキストエディタで良質な書体が使える」ことって、stoneのような情感に訴えるテキストエディタにとっては価値になり得るんじゃないか、とふと思いました。というのも、通常、入力されたテキストに対して適切な書体が適用されるのって、文章が納品された後、つまり書き手から離れてしまった後だと思うのですよ。でも、もしテキストの生成段階から質の良い、あるいはその時々の気分に合った書体を選ぶことができれば……日本語で文章を執筆する、というコンセプトに何かしらの付加価値が得られるんじゃないだろうか、と感じました。ライセンスやマネタイズの面から見ると、実現は難しそうですが……。
……と、ここまで好き勝手書いてしまいましたが、β版であるstoneが今後どのような方向に舵を切って進んでいくのか、これからとても楽しみです。
おまけ:NDCと私と言葉
最後に完全なる余談を。
stoneは「日本デザインセンター」さんの「言葉」に関する道具なわけですが、この2つから思い出されるのが、自分の就活時代。
実はワタクシ、学生時代にコピーライターを志望していた時期がありまして、日本デザインセンターさんのコピーライター職に応募した過去があります。その時はたしか、最終選考1つ前まで進んだのかな?いい線いったと思うのですが、課題にたいしてあまり良いアウトプットを出せなかった(加えて言うと、プレゼンテーションもひどかった)のでご縁には繋がらなかったのですが、ここにきてこのような繋がりができたことを面白く感じます。人生何が起きるかわからない。